社会科を勉強しようとすると、なぜか苦しくなる。
そんなあなたは、ただ社会科が嫌いなのではなく、「社会科アレルギー」の状態かもしれません。
この記事を読むと、その苦しさの正体と、最初に何をすればよいかが分かります。
社会科アレルギーは「社会科が嫌い」という状態ではない
私が考える社会科アレルギーとは、社会科を学ぼうとしたときに、苦しさや諦め、自己否定が先に出てしまう状態です。
もちろん、医学的な意味でのアレルギーではありません。
たとえば、次のような状態です。
- 覚えようとすると苦しくなる
- 勉強しても無駄だと感じる
- 何が分からないのかも分からない
- 点数が低い自分まで嫌になる
社会科が好きか嫌いかという話だけではない
歴史の動画は面白いと思う。旅行先で地図を見るのも嫌いではない。それでも、教科書やワークを開くと手が止まってしまう人もいます。
なぜ、このような状態になってしまうのか?
理由は、大きく3つあります。
理由① 意味が分からないまま、言葉だけを覚えようとしているから
社会科には、覚える言葉がたくさんあります。
人物名、地名、制度、出来事、年号
もちろん、社会科にも暗記は必要です。
ただ、言葉の意味や背景が分からないまま、一つひとつをバラバラに覚えようとすると、勉強はかなり苦しくなる。
たとえば、歴史で「廃藩置県」という言葉だけを覚えたとします。
しかし、
- なぜ藩をなくす必要があったのか
- それまで誰が地域を治めていたのか
- 廃藩置県によって何が変わったのか
が分からなければ、覚えた言葉はほかの知識とつながりません。
テストが終われば忘れやすくなりますし、問題の聞かれ方が少し変わると答えられなくなります。
すると、
「昨日も覚えたのに、また忘れた」
「自分は記憶力が悪い」
「社会科は向いていない」
と感じるようになります。
しかし、本当に記憶力だけの問題でしょうか。
もしかすると、覚える前に必要な「理解」が抜けているのかもしれません。
理由② 何が分からないのか分からず、努力が空回りするから
「分からないところがあったら質問して」
そう言われても、質問できないことがありませんか?
社会科では、一つの分からないことの後ろに、別の分からないことが隠れているからです。
歴史なら、誰と誰が争っているのか分からないまま、次の出来事へ進んでいる。
地理なら、国や都道府県の位置が曖昧なまま、気候や産業を覚えようとしている。
公民なら、国会・内閣・裁判所の役割が整理できていないまま、細かな制度を学んでいる。
この状態では、本人にも、どこから戻ればよいのか分かりません。
そのため、とりあえずワークを何周もしたり、教科書の太字を繰り返し書いたりします。
それでも点数が上がらない。
勉強したのに、結果が変わらない。
この経験が続けば、
「どうせ勉強しても無駄」
「自分がやっても意味がない」
と感じるようになるのは、不自然なことではありません。
これは、単純にやる気がない状態とは違います。
努力と結果が結びつかなかった経験から、これ以上傷つかないように、勉強を避けている可能性があります。
理由③ 社会科の点数と、自分の価値が結びついてしまうから
私が、社会科アレルギーを減らしたいと考える一番大きな理由が、ここにあります。
テストの点数が低かった
授業で質問に答えられなかった
用語を覚えられなかった
本来、これらは「今、何が分かっていないのか」を確認するための情報なんですよね。
ところが、いつの間にか、
「自分は頭が悪い」
「勉強ができない自分はダメだ」
「頑張れない自分には価値がない」
という自己評価に変わってしまうことがあります。
点数の問題が、自分自身の価値の問題になってしまうのです。
ここまで来ると、「もっと勉強しよう」と言われても、簡単には動けません。
勉強すれば、またできない自分を見ることになる。
テストを受ければ、また自信を失うかもしれない。
社会科そのものよりも、社会科を通して「できない自分」を見せつけられることが怖くなっているからです。
社会科そのものより「できない自分」が嫌
私自身、高校で勉強についていけなくなった経験があります。
小学校や中学校では、言葉を覚えることを中心にした勉強でも、ある程度は乗り越えられていました。
しかし、高校では学ぶ量も増え、授業も速くなり、内容も難しくなります。
それまでの勉強方法が通用しなくなり、世界史では赤点を取りかけました。
第一志望だった埼玉大学もD判定でした。
当時の私は、「勉強方法が合っていない」とは考えられませんでした。
勉強ができないのは、自分の能力が低いからだと思っていました。
そして、勉強ができない自分には、価値がないように感じていました。
今振り返ると、私は世界史そのものが嫌いだったわけではありません。
世界史を勉強するたびに見えてくる、「できない自分」が嫌だったのだと思います。
だから、教科書を開くことも、テストの結果を見ることも苦しくなっていました。
その後、大学や教員として社会科を学び直す中で、少しずつ気づきました。
私は、頭が悪かったのではなく、理由や背景、流れをつなげて理解する方法を知らなかったのかもしれない。
それまでの努力が、すべて無意味だったわけではありません。
ただ、努力の方向が合っていなかった可能性があります。
この気づきは、社会科を教えるためだけのものではありませんでした。
長い間、勉強ができない自分を責めていた私自身を、少し救ってくれた考え方でもあります。
まずは、間違えた問題を一問だけ見直そう
社会科アレルギーから抜けるために、いきなり社会科を好きになる必要はありません。
大量の用語を覚え直す必要もありません。
まず、以前に間違えた問題を一問だけやってみよう。
そして、「なぜ間違えたのか」を次の中から一つ選んでみてください。
- 言葉の意味が分からなかった
- 出来事の前後関係が分からなかった
- 地図上の場所が分からなかった
- 問題文が何を聞いているのか分からなかった
- 覚え方や復習の仕方が分からなかった
正解を覚える前に、どこで止まったのかを確認します。
「全部分からない」と感じていたものを、一つに分けられたら、それだけでも前進です。
分からない場所が分かれば、質問できます。
教科書で調べる場所も決まります。
やり直す範囲も小さくできますよ。
社会科が嫌いでも、自分まで嫌いになる必要はない
社会科アレルギーとは、単に社会科が嫌いな状態ではありません。
覚えようとすると苦しくなる。
勉強しても無駄だと感じる。
何が分からないかも分からない。
そして、点数が低い自分まで嫌になる。
そんな状態です。
これは、生まれつきの能力や、変えられない性格ではありません。
分からないまま進んだ経験や、努力しても結果につながらなかった経験が積み重なって生まれた可能性があります。
だから、学び方と経験を少しずつ作り直せば、苦しさが弱まる可能性もあります。
まずは一問だけで大丈夫!
「自分は頭が悪い」と決める前に、
「自分は、どこで分からなくなったのだろう」
と考えてみてください。
社会科の点数と、あなた自身の価値は別です。
方法を変えれば、結果が変わる可能性がありますよ🙆


